E級日記

もんがぁ のE級的生活の記録です

すっぽん 大市

千本通りです。ここ千本中立売の辺りは西陣といわれる地域の一部ですが、私の学生時代(というともう40年ほど前になります)には映画館やストリップ劇場などが並ぶちょっと場末感のある繁華街でした。現在の京都の中心街からは少し外れているし、この千本通りがかっての平安京の中心線である朱雀大路の位置に当ることを知っている人は意外と少ないです。千本二条〜今出川の間は平安京の大内裏があった場所ですし、周辺には応仁ノ乱の西軍方の旗頭である山名宗全の屋敷があったり(西陣という地名の由来)、秀吉の聚楽第もあったりして、歴史的には結構重要な場所でもあります。


千本中立売から少し下がって下長者町通りを西に入ったところ、一見するとごく普通の古い町屋なのですが、、今回の旅行の最大の目的はここです。
今月初めに私は還暦を迎えました。その祝いにどこか行きたい店はないかと家内に聞かれて、即座に「大市」と答えました。分不相応な贅沢ですが、一生の記念ですからね、このくらいは許して貰えるでしょう。

元禄年間の創業、330年17代続いているそうです。

玄関の上がり框で履物を脱いで、店の奥に入ります。京都の町屋特有の奥に深い造り、途中ちらりと炊事場が見えたので、スッポン鍋を炊く有名な竃が見てみたかったですが、仲居さんが案内してくれているので立ち止まって覗き込む訳にもいかず、ちょっと残念でした。こちらにあるのは、この店の財産とも言うべき土鍋ですね。棚にたくさん並べられていました。

私達が通されたのは一番奥の座敷です。この店は入れ込みの席はなくて、全て個室になるようです。六畳の畳の部屋にテーブルが置かれています。


スッポン料理のコースといえば、生血のワイン割りから始まって、刺身、煮凝り、から揚げ、まる鍋と続き、最後に雑炊というのが定番ですね。しかし、この店は基本は"まる鍋"のみで、余計な料理は出て来ません。
まず先付として"スッポンのしぐれ煮"が出るので、それを肴にしてビールを飲みました。これで心を落ち着けて、メインの鍋を待ちます。

そうこうするうちに、"まる鍋"が登場。土鍋を木枠の箱に載せて持って来られるのですが、スープはまだ激しく沸き立っています。送風機を使ってコークスを燃焼し、1,600℃の高温で炊いた鍋です。炊事場から運んでくる時間があるせいか、さすがに土鍋の底の裏側はもう赤くはなくて、黒く煤けたような感じです。

まずはスープだけを注いでもらって、味を確かめます。う〜ん、これはどう言えばよいのだろう。何とも滋味溢れる味です。生臭みは一切なくて、純粋にスッポンの旨味だけが抽出されたスープというのでしょうか。

その後は、スッポンの身肉も取り分けてもらいます。

エンペラ、首、肝、玉子など。いろんな部位が入って、それぞれに食感、味が違いますね。これはミネラルとコラーゲンの宝庫というか、何とも贅沢な味です。この店のスッポンは、浜名湖の養鼈場でこの店用に天然露地飼育しているのだとか。世間ではとかく天然物が持て囃されますが、スッポンに限らずウナギなども養殖物のほうが品質が安定していて良いという話を聞いたことがあります。

ここでお酒もチェンジ。まる鍋には、やはりぬる燗の日本酒が合います。

しかし、凄いですね、、こういう古い町屋の中で、コークスを使って鍋を炊くという荒業。穏やかで柔らかい物腰の陰でけっこう進取の過激さを合わせもつ(共産党が小選挙区で当選するのは、全国でここ京都だけです)、京都人の性格がよく現れていると思います。

まる鍋が二杯出てしっかり堪能した後で、雑炊の登場です。これも沸き立って出てきます。

これはもう文句なし!ご飯の甘味が加わって本当に美味い。この店を訪れたフランスの3つ星レストランのシェフが、雑炊だけ三杯もお代わりしたというのも分かります。

最後に水菓子が出て、これでコースが終わりです。鍋と雑炊は別料金で何杯でもお代わり出来るそうですが、私達にはこれで十分でした。


ぐずぐずと酒を飲んだりお喋りしたりするような店ではないので、一組の食事の時間は平均的には1時間半くらいです。お値段は二人で5万円。この一回の食事を高いと思うかどうかですが、、私は妥当だと思いました。あらゆるジャンルの料理の中でも、ここのスッポン料理はピンのピンの味だと思いますし、少なくとも私自身の記念として一生記憶に残る食事でした。やはり、この店を選んで良かったです。
大市 京都市上京区下長者町通千本西入ル六番町371