裏磐梯から磐梯山ゴールドラインを下って、いよいよ会津入りです。
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まずは鶴ヶ城(会津若松城)へ。会津といえば藩祖 保科正之以来の勤幕の家、「什の掟」に見るような武士道の地でもあります。訪れる場所はやはり幕末の戊辰戦争がらみになりますね。2013年のNHK大河ドラマ「八重の桜」が契機となって、旧会津藩について改めて関心を持った人も多いのではないでしょうか。

鶴ヶ城の天守閣は戊辰戦争の後も残っていましたが、明治7年に取り壊されました。その後、昭和40年に鉄筋コンクリートで再建され、内部は歴史博物館になっています。また平成12年には天守に続く建物の干飯櫓、南走長屋などが江戸時代の工法を用いて復元されています。

無料のお城ガイドサービスがあったので、それに参加して場内を回りました。城内の主な建物は昭和以降に再建されたものですが、石垣は往時の遺構が残っていて、特に天守台の石垣は蒲生氏郷が最初に築城した時の穴太衆による野面積みがそのまま残っています。


全体に石垣と堀はよく保存されていて、かっての城の規模が分かります。芦名‐伊達‐蒲生‐上杉-加藤-保科(松平)と領主は移り変わりましたが、戦国~江戸時代に亘って奥州の要の地に置かれた城だけあって立派なものですね。

天守閣の5層目にある展望台からは城下町を見渡し、遠く磐梯山を望むことができます。

会津には色々と美味しいものがあります。郷土料理(ニシンの山椒漬け、棒タラ煮、こづゆ、わっぱ飯、田楽など)の他にも、会津そば、ソースカツ丼とか。いろいろ食べたいのですが、朝と晩の食事は宿でご馳走を頂くので、残る昼飯はやむを得ず軽めになります。今回訪れたのは会津そばの名店「桐屋権現亭」です。

注文は”こだわり そば三昧”という一品。地元のそば粉を使った、会津のかおり(福島県品種十割)、会津頑固そば(石臼挽き十割)、飯豊権現そば(一番粉使用)という3種類のそばを一度に楽しめます。これは香りと喉越しが良くて美味しかったです。

桐屋権現亭 福島県会津若松市上町2-34
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会津の泊りは会津の奥座敷・東山温泉でした。米沢の小野川温泉もそうでしたが、近年は温泉街の衰退が著しくて、優良な宿以外は生き残れませんね。こちらの宿は料理旅館を名乗っておられて良い宿でしたが、周囲には廃業された旅館も多くあって、ちょっと寂しい感じです。

泊まった部屋は源泉かけ流し露天風呂付の和室で、ゆっくりと寛げました。

木の樽の風呂桶、気持ち良いですね。

食事は部屋食です。晩飯は、こづゆ、鰊山椒漬などの郷土料理をはじめ、福島県産黒毛和牛のしゃぶしゃぶ、旬の刺身盛り合わせ、黒そい照り焼きなど、十分に堪能できました。

朝飯もしっかりと頂きますが、この旅行中はだいぶ食べ過ぎた感じです。

今昔亭 福島県会津若松市東山町大字湯本下原247
konjakutei.yumeguri.co.jp
次の日の朝は小雨が降る中、引き続き会津の観光です。まずは飯盛山を訪ねました。土産物店が並ぶ入口から、動く歩道「スロープコンベア」に乗って山の中腹まで登ります。

広島にも比治山に登るスロープコンベアがありますが、面白いですね。

飯盛山は会津若松市中心部の北東に位置する標高300mほどの小山です。来るまで知らなかったのですが、山頂は4世紀頃に造られた前方後円墳で、日本武尊などの神話も残る信仰の山なのだそうです。中腹にある平地に白虎隊士の墓と慰霊碑などがあります。

こちらが白虎隊十九士の墓です。朝早くなのに多くの人が参拝に来られていました。

白虎隊自刃の地の碑です。自刃の地から会津若松城までは直線距離で3kmほど、遠望した下の写真の〇印の個所が城の天守閣です。

ここから眺めて城が燃えていると勘違いして自刃したのか、と思ったのですが、、

土産物店に併設されている資料室の女性によると「それは俗説、江戸の瓦版屋が作った創作で、地元の人間がそんなことを見間違える訳はない」、「戸ノ口原で負けて敵を会津に入れてしまった責任を感じ、自分達が捕虜になったりして足手纏いになってはいけないという思いで自刃したのだ」と熱く語っておられました。
次に白虎隊の墓のすぐ近くにある「さざえ堂」へ。江戸時代に建築された六角三層の観音堂で、外観がさざえの殻に似ているので「さざえ堂」と呼ばれているのだそうです。

こちらの入口から中に入ると、内部は階段がなくて二重螺旋のスロープになっています。

上りと下りが別の通路になる一方通行の構造で、かってはスロープに沿って西国三十三観音像が安置され、参拝者はこのお堂をお参りすることで三十三観音参りができたとのこと。これは観る価値がありました。ちなみに、国の重要文化財に指定されています。

飯盛山を離れて、小雨降る会津の街へ。七日町通り界隈を散策しました。この辺りは藩政時代には会津を通る主要街道の交叉点として問屋や旅籠などが軒を連ねていた場所で、明治以降も会津一の繁華街として賑わっていたとのこと。現在はレトロ感のある通りとして観光客に人気のエリアになっています。

「野口英世青春館」です。野口英世が自身の手の手術を受け、その後書生として3年間を過ごした「會陽医院」の建物で、現在は1階が喫茶店・2階が資料館になっています。

隣は江戸~大正期の豪商の店舗を改築した「福西本店」、ここで会津の土産物を購入しました。

この日は水曜日だったのですが、お目当てにしていた田楽の店など定休日の店が多くて残念。家内は「会津長門屋」のお菓子”香木実(かぐのきのみ)”が買えて喜んでいました。
お昼過ぎには会津をあとにして、仙台空港に向けて戻ります。途中に猪苗代湖畔に立ち寄りました。この猪苗代湖は約5万年前に起きた磐梯山の噴火・山体崩壊によって川が堰き止められて出来たのだそうです。

日本で4番目に大きな湖ですが、雨が降る中で人影もまばらです。近くには「野口英世記念館」などいろいろと見所があるのですが、今回は時間がなくて早々に離れました。

3泊4日の米沢・会津の旅、楽しかったです。東北地方についてはまだまだ訪れたい場所があるので、また行きたいですね。