E級日記

もんがーのE級的生活の記録です

奥琵琶湖旅情

6月19日で休日千円高速は終わりなので、最後の機会となる土日を利用して滋賀県の湖北地方を旅してきました。実はこれは5月末に計画していた旅行なのですが、いきなりの梅雨入りと台風2号接近による悪天候のために延期したのです。改めて同じ宿を予約して、同じコースで仕切り直しです。今回も初日は雨模様だったのですが、二日目は曇りながらも時折薄日がさす天候で、まずまず予定していた処は回ることができました。
広島から長浜までは高速道路で約5時間です。千円高速といっても大阪より東に行く場合には西宮IC−大津IC間が大都市圏区間になるため、道路料金は片道2,500円です。それでも十分安いですね。広島高速の東雲−広島東は700円ですが、やたらと高く感じます。名神に入ると京都から先が渋滞中という表示なので京滋バイパスへ迂回、しかし断続的に渋滞が続きます。千円高速最後の土日ということで名神の渋滞は覚悟の上ですが、やはりウンザリしますよね。初日は雨だったので、長浜市内とその周辺を回っただけで宿に向かいました。泊まりは琵琶湖の北の端にある国民宿舎「つづらお荘」です。

近くには奥琵琶湖の隠れ里といわれる菅浦の集落があって、目の前には竹生島がある絶好のロケーションです。この辺りは一年を通じで釣り・カヌーなどが出来て、春は桜、秋は紅葉と色々と楽しめる場所のようです。今はちょっと落ち着いた季節なのかな?と思ったら、夜は蛍を見に行くイベントがありますとのこと。家内が是非見たいということで、早速予約をしました。急いで風呂と晩飯を済ませてから、蛍狩りに参加します。20:00に宿舎からマイクロバスに乗って15分ほど、田圃の脇のせせらぎに蛍が乱舞しています。田圃の上にも蛍が飛んでいるのですが、この辺りは農薬とかを使っておられないのかな、、子供の頃、母親の実家の田舎で蛍を見たことがありますが、これだけ多くの蛍を見たのは私は初めてです。幻想的というかなんというか、これは感動ですね。現実世界から遊離して、しばし見惚れました。今の季節は、この蛍を見るためだけに毎年ここに泊まりに来る人がいるとのこと。いや〜これは来た甲斐がありましたね。
国民宿舎つづらお荘 滋賀県長浜市西浅井町菅浦580 http://www.tsuzurao.com/
次の朝、目を覚ますと部屋の窓から竹生島が見えます。少し霧がかかっていますが、雨の心配はなさそうですね。今日はここから船に乗って竹生島へ渡ります。実は雨が降らなければ初日に長浜から竹生島に渡る予定だったのですが、今日に延期したのでした。ところが、この宿に着くと、近くの菅浦から船が出るとのこと。長浜からだと船賃は往復3,000円、時間も滞島時間を入れて2時間半ほどかかるのですが、こちらの宿舎の船なら往復で1,000円、10分で竹生島に着くとのことです。やった!こっちにしようということで、二日目はまず竹生島に渡ることにしました。

竹生島行きの船は菅浦の漁港から出るので、私達は朝8時に宿を出て菅浦に入りました。ここは昭和40年代まで陸路がなくて、湖北の隠れ里と言われていた場所だとのこと。今でも中世の惣村の名残りを伝える貴重な集落です。小さな集落の中を歩くと、やたらと神社や寺があります。かっての日本の"ムラ"というのは何処もこのようであったのでしょうね。生活の場=信仰の場で、しかも"ムラ"ひとつが完全な自治を保って生活していた、、そういう感じが理解できました。集落の中で一際大きな神社が「須賀神社」です。こちらは奈良時代に藤原仲麻呂(恵美押勝)の乱で廃された淳仁天皇を祭っているという伝承があるそうです。霧に包まれた杉木立の参道を歩くと、神さびた雰囲気ですね。社の前の最後の石段は土足は禁止ということで、氏子さんは素足で行くし、そうでない人は備え付けのスリッパに履き替えないといけないそうです。家内は素足、私はスリッパに履き替えて参拝しました。う〜ん、これは不可思議な雰囲気ですね。
菅浦を散策して漁港まで戻ると、国民宿舎の皆さんも集まっていて、いよいよ出航です。この船は20人乗りくらいでしょうか、今日の乗船者は10名。賑やかな大阪の親爺さん達と一緒に船に乗って、竹生島に向かって出航です。

船を運転するのは渋い感じの親爺さんです、60代後半かな。この親爺さん操船テクが凄くて、よくこんなところにすっと着けられるな、、というところ。船は漁港を出ると一気に加速して、まるでモータボートですね。竹生島までは10分だそうです。船の後ろには菅浦の集落、右手につづら尾岬を見ながら、湖面を疾走します。

この島はどこ?分かりますかね。実は竹生島をほぼ西側から見たところです、随分と印象が違いますね。木が立ち枯れているようにも見えるのですが、竹生島は鵜が住処としていて、その糞害で木がやられるみたいですね。さらに近づくと鵜の群生がよく見えましたが、神の島ですから鳥獣の殺生は良いイメージではないし、これは痛し痒しというところでしょうか。

竹生島南側の船着場です。こちらは長浜、彦根、今津、大津から琵琶湖クルーズの船が到着して賑やかですね。私達が乗った船は小さいので、大型船の合間をぬって着岸します(笑)。さすがに観光地というか、次々と観光客が上陸してきますね。滞島時間は平均して1時間以内、私達も1時間で迎えが来ることになります。

竹生島は太古からの神の島。人は定住していなくて、島の南側に弁才天、宝厳寺、竹生島神社が集中しています。見所は満載というところですが、狭い範囲なので1時間でちょうど全部見て回れるくらいでしょうか。観光客以外にも西国33ケ所巡りの人達とか修験道者の衣装で来ている人達とかもいて、雑多な雰囲気ですね。島の階段は急で結構な運動になります。私達も限られた時間で色々と見て回りました。

こちらは重文の舟廊下、朝鮮出兵のおりに秀吉の御座船として作られた日本丸の船櫓を利用して作られたところから、その名がついたとのこと。この島は国宝や重要文化財に溢れる島でもありますね。

1時間で迎えの舟が来て菅浦に戻りました。いや〜良かったなあ、お世話になりました。今回は裏口からのゲリラ的な竹生島詣でしたが、このコースはとってもお薦めです。機会があれば、こちらの「つづらお荘」にはまた泊まりに来たいですね。


■賤ヶ岳古戦場
朝一で竹生島へ行って来れたので、時間的に少し余裕が出来ました。初日の雨で一度は諦めたのですが、これなら賤ヶ岳にも寄れそうです。賤ヶ岳は琵琶湖と余呉湖の間に聳える標高400m程の山並で、ここはかって羽柴秀吉と柴田勝家が信長亡き後の覇権を争った合戦の地です。ハイキングコースとしてもちょうど良い感じの山ですが、観光用のリフトがあるので、それに乗りました。リフト乗り場に着くと、他府県ナンバーの車がたくさん停まっています。家内曰く「もの好きな人が結構いるのね」って、私もそうなんですけど、、


この辺り近くまでは来たことがあるのですが、山頂に登るのは初めてです。南側に琵琶湖と竹生島、遠く比良山系などを望み、北側には余呉の湖を見ることが出来ます。琵琶湖八景のひとつということですが、確かに良い眺望ですね。賤ヶ岳といえば必ず出てくる七本槍の標柱、いや〜感激です。合戦の時の陣取りを描いた案内板があって、それを見ながら位置を確認します。古戦場を巡る意味は、現場で実際の地形・位置関係や距離などを実感することなのですが、今回は高い場所から一目で見渡せるエリアですからよく分かりました。いや、満足です。

これが賤ヶ岳リフトです、近江鉄道の経営とのこと。山の上にスキー場はないようなので、これは完全に観光用ですね。ロープウェイを作るほど乗客がいるわけでもないので、こういう形になったのかな。雨上がりの新緑の匂いがムンムンして、とても気持ちよい山登りでした。


■小谷城跡
賤ヶ岳から小谷城跡までは車で30分もかかりません。今年はNHK大河ドラマ「江」にちなんで、地元の長浜では「浅井三姉妹博覧会」という催し物などもやっていて、大変な観光客だそうです。
博覧会は長浜市内と小谷城周辺の3会場で開かれています。小谷城の傍に「江のふるさと館」、江の生涯を紹介する「江のドラマ館」、過去の大河ドラマを振り返る「歴史ドラマ50作館」です。実は初日は雨だったので、この博覧会の会場だけを回って、小谷城には登れませんでした。今日は雨が上がったので大丈夫ですね。小谷城の下にある「江のふるさと館」からマイクロバスが出ていて、城の入口になる番所跡の手前まで乗せて行ってくれます。1チーム20人ほどでそれぞれに地元のガイドさん(語り部)が付いて、観光客を案内してくれるのです。

小谷城は浅井氏三代の本拠だった場所です。平時の居館は麓の清水谷にあって、山上の城は戦時にだけ使われたものです。山城は尾根に沿って郭が並んでいて、標高300mの番所跡からガイドさんの話を聞きながら皆で城跡を見て回って、標高350mの本丸跡まで登りました。こういうふうにガイドさんと一緒だと、知らなかったことも色々と教えて貰えて、これはこれで中々有難いですね。

ここ桜番場跡からは、眼下に北近江の平野と琵琶湖・竹生島まで見渡せます。大河ドラマの撮影にも使われた場所だそうですが、そういえば第1週の放送でしたね。もう少し先まで行ってみたかったのですが、帰りのバスの時間が決まっていて本丸でUターンとなりました。取り敢えず城の構造と規模はほぼ理解できたので、今回はこれでよしというところです。

麓の「江のふるさと館」まで戻ると、観光客がたくさん来ていて、ステージでは「歴ドラ隊」という女性達が三姉妹の扮装で踊っていました。う〜ん(笑)、まあ大河ドラマ効果で地元が盛り上がるのは良いことなのでしょうね。


■長浜城
今回の旅行ですが、初日は雨模様だったので、予定していた竹生島行きを諦めて長浜市内を回りました。
今年は大河ドラマ「江」の年ということで、長浜ではそれを利用して町興しをしておられるようですね。長浜の旧市街は古い町並みを生かした観光スポットになっていて、旧北国街道と大手門通りの交差点である札の辻を中心に黒漆喰の建物が多いことから「黒壁スクエア」と称しています。雨にも関わらず結構観光客が多かったのですが、ここは初日に訪れておいて正解でした。と言うのは、二日目、私が小谷城に登っている間に家内はお茶でも飲もうと長浜市内へ入ろうとしたのですが、車が一杯で動けず、結局引き返したとのこと。以前私一人で来た時には観光客はそれ程でもなかったのですが、やはり大河ドラマの効果なのでしょう。

長浜城を訪れるのは私は二度目ですが、取りあえず天守閣に登って湖北の風景を眺めます。伊吹山方面には雲が掛かっていますが、雨で霞んだ琵琶湖も風情があるものです。併設の歴史博物館も、今年は「江」に因んで展示内容が変わっているようでした。

■焼鯖そうめん
昼飯は長浜の名物料理"焼鯖そうめん"を頂きました。行ったのは老舗の「翼果楼」、北国街道沿いにある古い商家を改造したような店舗です。かなり有名な店のようですね。私達が着いた時には数人の待ちでしたが、店を出る頃には待ち行列が表の通りまで伸びていましたから、タイミング的にはラッキーだったみたいです。1階と2階に入れ込みの座敷があって、私達は2階のほうへ通されました。

"焼鯖そうめん"は湖北地方に伝わる郷土料理で、農繁期である5月に農家へ嫁いだ娘の実家から嫁ぎ先に焼鯖を届ける「五月見舞い」という習慣に由来するのだそうです。この辺りは若狭湾に近く、鯖は一般的な食材であったとか。私自身、今回の旅行にあたって長浜グルメをネットを調べていて初めて知ったのですが、鯖は私の大好物、これは美味しそうだということで迷わずこれに決めました。
出てきた焼鯖そうめんですが、鯖は焼くというより煮てある感じ、その煮汁がそうめんに絡めてある感じでしょうか。ここ翼果楼の説明書きには「焼鯖とそうめんを炊き合わせた料理」とありましたが、まさにそんなところです。山椒を振ると風味が膨らんで良いですね。しかし、結構濃い味付けなのでご飯が欲しくなりました。一緒に焼鯖寿司も頼んだのですが、白ご飯のほうが良かったかな(笑)。いや〜これは珍しいというか、やはりその土地の名物を食べるのは良いものです。ご馳走さまでした。

翼果楼(よかろう) 滋賀県長浜市元浜町7-8 http://yokarou.com/index.htm

今回は歴史探訪を優先したので、食べるほうの話題はこの"焼鯖そうめん"だけだったのですが、お土産に鮒寿司や赤コンニャクを買ったので、これは帰ってからのお楽しみです。
今回の北近江旅行、初日は雨に遭いましたが結果オーライの進行で、とても楽しい旅でした。千円高速が終わって、これから遠出の機会は減ると思いますが、この方面にはまたいつか来てみたいですね。